※微エロ


 何も見せない
 何も言わない

 なにがほしいの?


   028:これ以上何も見せないで


 つんざくような電鈴にびくりと跳ね上がる。密閉された空間からアードライとエルエルフが出てくる。電子表示を探すとエルエルフが勝利していた。実戦と蓄積された点数との両方で上回るから可愛くないと思う。対戦相手のアードライはその辺りに歪みがないのか満足気に内容をさらっていた。思考がぼんやりと霞む。まずいと思うのに方向も定まらずに拡散していく。椅子に座っている姿勢を直そうとして初めて飲料のボトルが転がっているのに気づく。水分補給のためのそれにはそれぞれの名前ではなくコードが刻まれている。備品は使い捨てるのが普通だ。器へ充填する方式だと誰が何を摂取したのかの記録漏れが起きやすい。軍属として年齢に関係なく情報は管理される。
 中身のこぼれたそれに口をつける気になれずにそのまま廃棄した。がこんと派手な音を立てて落下する。戦闘訓練であるから動きやすい軽装なのにひどく火照った。発汗にあらわれない上昇は自己責任だ。臥せるほどではないのに不具合ばかり起こす。集中できない。基盤の優秀さのおかげで何とか体面を保つだけの結果は出すがそれだけだ。極めて近い位置にいる少年軍属には不調を悟られているらしく、アードライやエルエルフまでもがどうかしたかと問うてくる。笑って流し逃げるのを追ってこないのは互いの距離が判っているからだ。そういう意味では一番厄介だと思われるイクスアインからなんの働きかけもないのはかえって不穏だ。
 黒く口を開ける廃棄口は深い虚だ。ため息ばかりが何度も漏れた。はじめのうちは風邪でも引いたかと救護の窓口へ申請して体温計を借りたり処方を受けたりした。結局発熱も効果もなかった。薬は飲むだけ怠くなるからよした。
「ハーノイン! なんか調子悪そ! セックスしてスッキリしようよ」
後ろから抱きつくのはクーフィアだ。少年軍属でも際立って年少で、それが理由で孤立も呼ぶ。本人は気にするでもなく好き放題に振舞っている。
「なんだそれ。できンの?」
引き剥がしながら揶揄するのをクフンと笑い飛ばされた。上の空じゃん。何回かキスしようと思ったけどボクは紳士だからね。ハーノインは流し聞いて反論も嫌味も言わない。面倒だった。紳士はセックスなんて口が裂けても言わないぜ、たぶん。出入口のパネルを操作して退出を申請する。同時に訓練レポートを提出箱へ放り投げる。圧倒的な年少者の使用する設備に金をかけないのは何処の地域でも同じだ。加えて上官が複数いる立場であれば、行動のいちいちを全てに報告したりしない。気をつけるべきは直轄と言っていい位置のカイン大佐だけだ。訓練機関時代からのつながりで少年軍属を一手に管理する。まとまったレポートの処理はカインに投げる。
 「ハーノ」
それまで黙っていたイクスアインの声。穏やかで隙さえ含む未熟さが見え隠れする。
「食事はどうする」
肩をすくめるとイクスアインは時計を一瞥してから言いつける。食堂がすく頃合いの時間を告げる。
「一緒に食べよう」
「わかったよ」
従うハーノインにクーフィアが異を唱える。なにそれ、ずるいや。ねぇボクもだめ? イクスが良いって言ったら来いよ。ぶぅと頬をふくらませるのを無視して部屋を出た。そのままシャワー室へ直行する。イクスアインの表情が思い出せない。湯を浴びても気分は晴れなかった。


 食事は配給制だ。限られた空間での活動を想定するから物資にも限りがあるという前提を踏まえる。一定の期間ごとに残高が支給され、その範囲内で個々にやりくりする。食堂での食事の他に間食なども数えられる。水分の補給の制限は緩いが食事などは厳しい。無計画に献立を選ぶと終わり際になってかなり痛い目を見る。栄養配分も考慮されるから後半は嫌いな献立との戦いだ。好きなものから選ぶ傾向がある。それでも抜け道は黙認されている。食事は立派な取引材料だ。
 コードを申請して残高を確かめて献立を選ぶ。その機械を正面に据える位置でハーノインは茫洋とイクスアインを待った。一般兵から整備担当、ある程度階級があっても個室で食事を摂らないものと様々だ。同じ少年軍属のアードライやエルエルフも見かけた。二人とも同期であると聞いている。ハーノインも同期のイクスアインとよくつるむ。アードライの方からしきりに話しかけるがエルエルフが返事をするのは稀だ。それでも齟齬なくやれているようで不思議だ。
 気が急いだ。落ち着きをなくしているとわかるのに表層に出ないから気づかれない。その差異の摩擦にひどく疲れる。ハーノインじゃん。躊躇のない呼びかけは周囲の人間を全く無視している。その自分勝手さと年少な見かけが噛みあうから余計に厄介だ。判っていてやっている。クーフィアが佇むハーノインを覗きこむように見上げる。もともとハーノインのほうが丈がある。
「イクスアインさぁ呼ばれてたよ。だから来ないかもね、アハ」
 ハーノインの口元が歪む。へぇ、そうかよ。けだるい仕草で壁から背中を剥がす。
「腹減ってるんだよなぁ。呑ませてくれるんだろ?」
体を折るのは相手を馬鹿にしているからだ。クーフィアが口元を弛める。癇性じみた笑みを浮かべる幼顔は狡猾だ。
「最初っからこうすればよかったかも」
ホントにいいの? やっぱり駄目はなしだよ。クーフィアの細い指がハーノインの襟を肌蹴る。ベルトの留め具を外しながらクーフィアを暗がりへ引っ張っていく。人が集まれば死角や虚が生まれる。性別の偏りが激しい現状として妥協を覚えるのは自然な流れだった。駄目だなんて言うわけないだろ。頬を挟むように固定して唇を吸った。背丈が違いすぎるから傍目からは戯れにしか見えない。ま、いいけど。ボクはなんにも知らない処女は興味ないから。だってメンドクサイじゃん。同感だ。子供っぽく熱い手が下腹部へ滑りこんでくる。境界を融かすようなそれに笑いながら吐き気がした。
 もともと貞淑だったわけではない。クーフィアを皮切りにハーノインは寝床の相手を制限しなくなった。一夜の間に複数を相手にすることも増えた。一度に複数の相手をするときもあれば軍服の脱ぎ着を何度も繰り返す夜もある。畢竟イクスアインとの接触は減る。それでいいと思い込む。小言を言われるだけならなんでもないのに、言葉もなく見つめてくる紺紫の双眸は肥大してハーノインを灼き尽くす。意識の底がちりちりと灼けた。落ち着かないそれはひたすらに何かを急かして、だがその正解は誰にも与えられないと知っている。触れてくる手も指も刀身も、その熱さが気持ち悪い。体温にどろりと融けるそれは生々しい感触だけが伝わってくる。茫洋と体を任せて揺れている間、何度もイクスアインの双眸を思い出す。凍えると思うほど冷たいのにそれを含めた表情を思い出そうとすると拡散して掴みどころを見失う。幼い頃から眺めた顔なのに思い出せない。判らない。苛立ちと焦燥ばかりが募った。靄がかかったように判然としないそれに見えぬままでいてほしいと思うことに倦んだ。
 奔放な寝床の相手を手当たり次第にあたった。クーフィアは喜んでついてくる。アードライは真っ赤になってもごもごとなにか言っていた。いけないことだと思うぞ。鼻白むハーノインにアードライは倫理を説いた。エルエルフにはかわされた。少なくとも誠実とは言いがたいぞ、それは。お前から誠実さを諭されるとは思わなかったぜ。叩きのめされた。容赦無い殴打と蹴りと、場合によっては投げられた。それでもイクスアインに声をかけることだけが出来ない。カインからの呼び出しには応じた。当て馬とは感心しないがよしとしようか。対応が大人だった。その抱擁もどこか遠いものだった。

 自室へ引き取って軍服の上着を脱いだところで扉が開いた。施錠は確かめてあるから解除キィを知っているものの仕業だ。わざとゆっくり振り向く。短い間で開閉をこなした扉はすでに堅牢に閉ざされている。しかも間取りから見てもハーノインに逃げ道はない。イクスアインが腕を組んで扉にもたれ、ハーノインを見据えていた。窓から逃げることも考えたがそれほどの切迫は感じなかった。イクスアインがこれからするのがどういう種類の暴力でも構わないと思っている。
「ひさしぶりィ」
口の裂けるような嘲りにもイクスアインは動じない。最近はずいぶんお盛んじゃないか。旨味があるだろ。質が落ちたな。痛烈な皮肉にハーノインも体の向きを変えた。お前に俺を責める資格はないぜ。常々イクスアインはカインを崇拝に近い立場に見るから恋人の位置を取ろうとするハーノインはいつも割を食う。カインが二人を追い上げて、カインが二人の齟齬になりつつある。何も知らないくせにと投げつけたい言葉は喉の奥で渦を巻く。
「俺を優先しない奴が優先されないからって文句をいう筋合いはないぜ」
 少年軍属に恥じない瞬発力を見せたイクスアインが胸ぐらをつかみ上げる。アンダーウエアが引っ張られてハーノインのへそが覗いた。そのまま寝台の上に突き落とされる。
「おい…ッ」
ベルトを乱暴に解かれる。もがくハーノインの動きすら汲み取るようにして衣服を剥がれる。長靴ごとサポーターまで脱がされた。衣服の束縛から不本意に解き放たれた四肢がもがくのをイクスアインは覆いかぶさって抑えた。歯列ごと砕くばかりの口づけは噛み付いていると言っていい。唇が切れて出血すれば舐め取られる。胸の先端がつねられ、脚の間を握りこむ手の加減はわざととしか言いようがない。
「ば、か! 痛い…ッ」
「痛くしている。きつい灸が必要なようだからな」
暴力まがいの交渉を持ったこともあるのが仇になった。ハーノインの体は交渉が始まったのだと信号を読み取ってしまう。腰の奥からゾクゾクとした震えが走り先端がしこりを帯び始める。
 蒼味を帯びた双眸が映り込む。すくむのを叱るように扱いが乱暴だ。普段イクスアインがどれほど抑えられているかが身にしみた。過敏な先端にまで爪を立ててくる。口が開くそばからほじるように抉られて嬌声と悲鳴の入り混じった音が漏れた。脚の間へ体を挟みこむから逃げることはおろか脚を閉じることも出来ない。抜き身だけがぬるぬると蜜をにじませる。自分の体だと思えないそれに羞恥が募る。イクスアインも判っていて鈴口を無理に開こうとする。固い爪の感触がビリビリと脳髄を不穏に震わせる。ずいぶんだな。男漁りも足りないか。
 振り上げてしなる利き腕さえも止められる。眼鏡で理知的な印象が先立つくせに実戦に劣るでもない。逆上せやすいハーノインと違ってイクスアインは慎重だ。冷静で正確な認識は、ハーノインのようなムラッ気もない。状況による戦闘力の振り幅が小さくある程度の安定性があるのが特徴だ。大胆と無謀を頻繁に踏み違えるハーノインと性質が違う。触れてくるイクスアインの手は冷たい。その冷たさに背筋を震わせながら快感であると判る。待ち望んだ冷たさに喉が攣るような気がした。渇ききったそこへ暴力的に流し込まれても浸透してくる冷気に酔った。皮膚が触れるだけで境界が融ける。イクスアインの指や皮膚が埋まると錯覚しても心地よく冷たい先端には芯が残った。自分とは違うものが侵蝕してくることに背徳や禁忌を感じながらあおられた。四肢の強張りが解けて虚が弛む。拒みたいものはなく渇望に眩んだ視界のままでむやみやたらに手を伸ばす。触れる布地や髪や肌へ爪を立ててしがみつく。
 「…ずいぶん、調子がいいな。入れるぞ」
「あ、ァ――…」
痙攣的に跳ねる四肢を抑えてイクスアインが切り込む。覆いかぶさってくるところで眼鏡が落ちた。かつかつと硬質な音を立てて床にまで転がり落ちる。
「…おい、眼鏡、おちた」
「邪魔なだけだ」
もう嵌めたからいい。珍しく下品な言い回しにハーノインが笑った。なんだよ嵌めたって。ドコにナニを嵌めたか言って欲しいのか? よせって、おかしいぜ。伸ばした手がイクスアインの横髪や頬を掴む。そのまま唇を重ねた。間近で拡大されるイクスアインの双眸が過剰に潤む。視力に障害があるから目の様子がハーノインとは違う。戦闘機に乗っていても眼鏡をかけている。眼球へ直接レンズを被せる方法にしないのかと訊いたら戦闘中に外れたら困るだろうと言われてそんなものかと納得した。
 イクスアインが腰を揺する。先刻までの強引が嘘のように水音もさせない緩慢さにハーノインは何度もキスをせがむ。冷たさが移ってくればいいと思った。脚を絡めて腰を寄せ、爪を立てて皮膚を掻く。蒼い髪が白い肌の上にかぶさる。この冷たさに犯されるのが気持ちいい。上がり続けるばかりのハーノインの体が内側からしっとりと冷めていく。もっと、おく。体温が変わる。眠りに落ちるときのような浮遊感と変温に酔う。
「ハーノ、お前は」
口の端がつり上がった。紅い舌がイクスアインの唇を舐めた。
「理屈も理由もいらないからさ」

犯して欲しいんだ
もうなにもいらない

イクスアインの耳朶へ噛み付いた。穴が開いたらピアスを分けてやる。


《了》

裏に行くほどじゃないよなっていう            2014年6月20日UP

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